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みんなが役立っている

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人は役立ちのために生まれてきます。 全てとは言いませんが、ほとんどの意識体はまず親の役に立つことを願いとして生まれてきます。 親を笑顔にしたい、親を幸せにしたい、親が生きるモチベーションになりたい…等々。 大人になっても、何かの、誰かの役に立ちたいという願望は潜在意識の中に刻まれています。 ですから自分で意識するしないに関わらず、自分が役に立っていないという感覚は、やがて人生の喪失感や虚無感となって現れてきて、心身の不調に結びついていくものです。 とりわけ自身の霊性に気付いた方は、この「役立ち」を強く意識し始めるものですので、自分で何かできることは無いだろうか、人生の目的を達成するために何をしたら良いのだろうか、自分にはきっと天命があるずだなどと考え始めます。 考え始めること自体は悪いことではないのですが、困ったことに多くの方がその役立ちの場を「現在生活している本拠地の外」に求めがちになってしまうことです。 結果、地に足が着いていない思考に陥ってしまって、自分は何の役にも立っていないと、間違った意識で自分を責め続けてしまう方を何人も目にしてきました。 社会生活を普通に営んでいる限り、今現在でも皆さんは家族や同僚、地域や社会のために役立っています。 家族の世話、友人や同僚の話し相手、家の前の掃除、納税…、こんなごく普通の日常でも立派に何かの役に立っているのに。 冷静に自分自身の生活を振り返ってみれば、役立ちにあふれていることを再確認できることでしょう。 役立っている感覚は、日常に喜びと感謝をもたらしてくれるものです。