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6月, 2017の投稿を表示しています

引き算でいこう

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決してセンスの良い方ではありませんが、造形の良いものが好きです。 美しさには神が宿っていると先人のどなたかが言っていた影響なのかもしれません。 デザイン学を学んだわけではないので、あくまでも個人的主観、素人目で見た感触でしかありませんが、主張する造形のものよりも、「佇まい」という言葉が合うようなシンプルなものの方が自分の感性には合います。 昨今の自動車で例えれば、メッキパーツを多用したり、余計なプレスラインを入れてみたり、金型技術を誇示するように鋭角を際立たせたようなデザインは私にはシックリきません。 そういう自動車には見た目のインパクトはあるかもしれませんが、全体としてのバランスがチグハグになっていることが多いような気がしますし、陳腐化するのも早いものです。 色々なものを付け加えていく足し算の発想ですね。 それに対して、できるだけ無駄を削ぎ落とし、加飾は少ないながらも効果的に働き、道具としての機能美を備え、かたまり感のある全体バランスが取れているような自動車は、まさに「佇まい」という言葉がぴったりきますし、何年経っても美しいと感じられるものです。 こちらは足し算の反対で引き算の発想です。 私たちの日常生活においても、ついつい足し算の発想になってしまいがちです。 人生に意義を見出そうとあれこれやりたいことに手を出したり、充実感を得ようとスケジュールをきっちり詰めてみたり、過去の栄光が忘れられずにそれにいつまでもしがみついたままで何か新しいものを得ようとしたり、人脈やモノを持つことに躍起になっていたり… どんどん自分に加飾を加えることで、自分が何者かになったような錯覚を得ることができますが、周囲の人たちにはチグハグな印象を与えます。 バイブレーションが荒々しく、落ち着きがないのです。 一方で自分の人生に本当に必要なものは何か、そしてそれだけで十分であるという見極めがついた方は、生活も発想もシンプルになっていくようです。 何者かになろうとする野心は消え失せ、余計な気遣いが必要な人間関係からは解放され、今あるモノで充実感を得ることができ、分をわきまえ、あらゆる事柄に感謝できるようになってくるようです。 そういう人はどっしりとした穏やかなバイブレーションを発していらっしゃいます。 引き算の発想ができる方は、「佇まい」がある存在感でいらっしゃいます。 自分も引き算の発想ができ

英国スピリチュアリズム事情|花を支えるもの

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本場英国のスピリチュアリズム事情について書いてみたいと思います。 遠い日本から眺めているとどうしても有名な The Arthur Findlay College や The Harry Edwards Healing Sanctuary といった施設、そして著名なミディアムに目が行きがちになってしまいます。 10年ほど前、日本でもミディアムが活躍するテレビ番組がありましたので、どうしてもミディアムの能力的な所やその現象に興味を持ちがちになってしまう方が多いようです。 しかしながらこれらは人目をひくための綺麗な花の部分と思われたらいいでしょう。 花を咲かすためには、茎、葉、根などのそのほかの構成要素が必要です。 表舞台で目を引く花を作り出すためには、地味でも下でしっかりと支える存在が必要なのです。 その、下でしっかり支えている存在が英国では Spiritualist Church と呼ばれるものです。 チャーチ(教会)といっても簡素な祭壇があるくらいで、特定の個人やスピリット、ましてや聖人を崇めるような偶像はありません。 英国各地に存在しており、そこでは一般の方向けに、ヒーリングサービスを提供し、ミディアムが個人セッションやデモンストレーションを行ない、Spiritualism Philosophy(スピリチュアリズム哲学/霊的真理)を教え、さらにスキルアップトレーニングも行なうような所です。 あくまでも教会ですから、これら一般の方々に Spiritualism Philosophy を学んでもらうきっかけを作ることが、第一で、そして大きな目的です。 まずはスピリチュアリズムに興味を持ってもらい、霊的真理を実践する人に育て、さらに適性のある方にはスキルアップトレーニングを施して次代の継承者を創ることを行なっているのです。 チャーチの運営は基本的にボランティアとドネーション(寄付)で行われています。 大口寄付者(patron)もかなりの数いらっしゃるようですが、なかなか表には出てきません。 なぜそういったボランティアとドネーションだけで運営ができるかといえば、そこには Spiritualism Philosophy という強固な思想的基盤、土壌があり、その価値観を共有しているからであります。 またミディアムといっても専業で行なっている職業ミディアムはほんのわずかな人数で

人生のカウントダウン

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昨日、ヒーリングにいらっしゃったある女性クライアント様から伺ったお話です。 プライベートセッションで受けたメッセージに動かされ、スケジュールの隙間を見つけて離れて暮らす実家のお母様に会いに行かれたそうです。 お母様は数年前から軽い認知症を患われていらっしゃるそうで、普段は一緒に住むお姉様が面倒を見られていらっしゃるとのこと。 そのお姉様は「毎日が落語の世界…」と日々お母様を巡って起こる事件を明るく受け止めていらっしゃるご様子です。 そして件のクライアント様が今回帰省した時には「子供の面倒を見るのと違って、親の世話をできる時間には限りがある…、お世話出来ることの幸せを大切にしようと…」とお姉様がおっしゃっていたそうです。 クライアント様はその言葉に甚く感動され、お姉様を尊敬する気持ちが深くなったということでした。 隙間を縫って帰省した甲斐があったようです。 私にも離れて暮らす高齢の父親がいますが、父親は家族に対して決して愛想の良いタイプではありませんし、これまで過ごした長い時間の中には対立や反駁の時もありました。 一方で、私が不自由を感じることなく育ててくれたという事実もありますし、愛情豊かに接してくれた記憶もあります。 生命は永続するものの、彼とこの世にいる時間は明らかにカウントダウンに入っています。 最近は年に一度帰省できれば良い方ですので、あと何回直接会えるだろうか、そしてあと何回メールのやり取りや電話をできるだろうかと思うと少々センチメンタルになってしまいます。 残された貴重な回数をできるだけ感謝を伝える機会にしたいし、思いやりを持って接するようにしたい… そんなほっこりした気持ちにさせるクライアント様のお話でした。 クライアント様とそのお姉様に感謝…