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組織を持つこと

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私が学ばせていただいた山本貞彰氏は、純粋に霊的な事項を扱うのであれば、できるだけ組織を持たない作らないようにと説いておりました。 ご自身がキリスト教の司祭として活躍していらっしゃった時期に、教団を維持するために聖書の教えから大きくかけ離れていたキリスト教会内部の腐敗を見てこられたようです。 先日故郷にいる妹から、ある「スピリチュアルな」お店というか団体についての評価を求められました。 このサイトをご覧になっている方々の参考になるのではないかと思い、その時の私からの返信メールをそのまま紹介させていただきたいと思います。 少し長い記事になってしまいますがお付き合いをお願います。 尚、文中のプライバシーに関する部分は伏字にしております。   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ こんばんは。 話が盛り上がって良かったですね。 同じ方向を向いている人との話は楽しいひと時です。 求道者として話が盛り上がったのでしょう。 きっと私に○ュ○○○スの評価を求めてメールを送ってくれたのですね。 愛する妹よ。 愛するが故に私情が入り、冷静に判断ができているのか自分でもわかりませんが、どうしても私の中のウサン臭さを排除できません。 まず「在家僧侶」の資格は何年か前に、資格商法として問題になっていたものです。 また在家云々という言い回しは「△△の△△」や「××学×」のような仏教系新興宗教が良く使う言葉です。 実際○ュ○○○スの本社は△△の△△の支部のすぐそばにあるようですね。 ホームページを見た限りでは「良いこと」をしているような感じは受けます。 しかしながら佐●●●という方が、いわゆる霊覚者で人を導くに足る人物であればあえて組織は作らないと思います。 どんなに純粋な動機で始めたものでも、組織をもったとたんに、それに属する人々の自己愛や世間愛に油を注ぎ、当初の志が捻じ曲げられ俗物化していくということは、今までの歴史が証明しています。 私は霊覚者ではありませんが、組織は作らないのが基本的なスタンスです。 霊的な真理を伝えるために始まった宗教(ユダヤ教、キリスト教、仏教、イスラム教、ヒンズー教etc)が、のちに戦争の温床、引き金になっていることをみればわかります。現代の紛争は「自分の神様が一番」という自己愛に根ざした宗教団体の対立が引き起こしています。 この世で意識体浄化のためには霊的真理の知識は必要

なおざりですか?

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あるクライアントさんが、とある総合病院で受診した時の様子をお怒り交じりにお話してくれました。 「今の医者は患者なんか診てないよぉ。診察時間中はずっとパソコンの画面ばっかり見てて、こっちの顔すら見やしない!」 電子カルテが普及し、パソコンが苦手なお医者さんは大変なんだろうなぁと少しだけお医者さんに同情しつつも、ちょっとひどいなとも思いました。 私が免許取得のために養成学校で学んでいた時は、「見る」「観る」「嗅ぐ」「聞く」「触る」など五感をフルに使って患者さんの状態を把握するようにと教えられたものでした。 まさに「医は仁術」、人間同士のふれあいや交流があってこそ良い医療が提供できると思います。 これと似たような話で、企業研修中にツイッターでつぶやく困ったちゃんの話を思い出しました。 ある実習では、早く終わった人はまだ終わっていない人の手伝いをすることが暗黙のルールなのですが、その人物は早く終わったと思ったら手伝うどころか「××で(研修名)なう」と投稿していたとか…。 このお医者さんにしろ困ったちゃんにしろ、あるいは車を運転中の携帯電話にしろ、人としてやるべきことをなおざりにして、機械にふりまわされているという点では共通しています。 助けを求めている人やあなたを必要としている人が目の前にいても自分の事を優先してしまったり、あるいは人生でやるべき大切なことを後回しにしてはいないでしょうか? 自戒をこめて…。