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あなたが成長できない理由

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仕事がら様々な人とお会いする機会に恵まれています。 右脳左脳理論は最近では神話とまで揶揄する人まで現れていますが、私の経験上、右脳的な人、左脳的な人という分類は必ずしも的外れなことではないと実感しています。 ロジカルな人は感覚で捉える事が苦手であったり、反対に、物事を感覚で捉えることに長けているのに、それを上手に言葉で表現できない人もいます。 同時進行で様々なことを行なえる人(マルチタスク)がいますが、一つのことをすると他のことができなくなってしまう人(シングルタスク)もいます。 計画好きな人がいれば、行き当たりばったりな人もいます。 そして、一見正反対に見えるこれらの能力を、両方バランスよく使える方もいらっしゃるのも事実です。 こういった個人の能力や性格的なことを、脳生理学や解剖学に落とし込む事に無理があるのは常識的に考えて当たり前のことでしょうから、右脳左脳否定論者の意見にも一理あります。 ですから私は、右脳左脳理論とは性格的な性向を表すのに長じた、表現方法の一つとして捉えています。 物事を分析したり、論理的に考えたり、記憶に留める行為は左脳的な働きと言われ、遅効的です。 反対に感覚的に物事の全体像を捉える事ができる能力は右脳的な働きと言われ、即時性があります。 何かしらの出来事が自分自身に起こったときに、左脳的な働きが優位な状態では、細かい事が気になってしまい、出来事の全体像、5W1Hを捉える事が難しくなってしまいます。 特に Why(なぜ?)という部分が私達の内面的成長には大切なのですが、それを捉える事が難しいとなると、左脳的な働きが優位の状態は、私達の成長を妨げてしまいます。 反対に右脳的な働きが優位な状態では、瞬時に物事の全体像を捉える事が可能なのですが、とても感覚的なものです。 その感覚的に瞬時に捉えたものを、自分自身の経験とし成長の糧としていくためには、その感覚的なものをしっかりと論理的に考えて分析し、それを言葉にあらわすことで記憶に留める作業が必要です。 これらの作業は、上に述べたように左脳的な働きを駆使しなければならないのです。 多くの場合、左脳的な傾向がある方は右脳的な働きを使うのが苦手なようですし、右脳的な傾向がある方は左脳的な働きを使うのが苦手のように拝見しています。 自分自身の内面的な成長を願う方は、右脳的な働き、左脳的な働きの両方をバラ

一生勉強 一生青春

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今日から5月、私事ですが5月は一連のワークショップが区切りを迎える月でもあります。 おかげさまをもちまして、今月も何名かの卒業生を送り出せる見込みです。 皆さま3年間毎月熱心に通われて、共に学び、自分自身と向き合い、それぞれの方がそれぞれの日常生活で違いを作ってこられました。 ただ、形式的に「卒業」と表現はしていますが、本当に学びを卒業できるわけではありません。 私が提供しているワークショップでは、物事の考え方や捉え方を最も大切にしています。 日常で起こる様々な出来事には全て意味があること、それをどう捉え、どう対処するか、ひいては自らの内面的な成長にどうやって結びつけるのかということを主眼においています。 その指針となるものが Spiritual Truth(霊的真理)です。 真理ですから時代によって変わることのないものですし、この世界を司る法則でもあります。 A国では、とある法律の存在を知っていようがいまいが、A国に居る人々はその法律の支配を受けます。 たとえその法律の存在を知らない人が誤って法を犯してしまったとしても、その人はその法律に基づいて処罰されてしまうのです。 法則である真理にも同じ事が言えます。 法則の存在を知っていようがいまいが、すべての人々はその法則の支配を受けているのです。 法則が働いて、あるネガティヴな出来事が自分に起こったとします。 それに対してただ文句を言ったり悲観的になったとしても埒が空きません。 法則を理解し、法則に則って対処すれば二度とそのような事は起きないことになっています。 また、あらかじめ法則に則って人生を歩むようにすれば、良い循環が生まれます。 法則を知らずに嘆きの人生を歩むのか、法則を知って少しでも喜びの多い人生を歩むのかはあなた自身の選択なのです。 真理は奥深くて、とても3年間だけで学びきれるものではありません。 また真理の学びをやめたからと言って、法則から脱出できるものでもありません。 日常生活の中で自ら法則を見出し、学び続ける作業はこれからも続きます。 今月に一区切りを迎えるとはいえ、ご縁があって共に学ばれた方々です。 これからも一緒に学び続けていただきたいと思いますし、私もお力添えしたいと願っています。 一生勉強と一生青春は、一枚の紙の裏表のようなもの。 「年をとって困ることは、身体が固くなるばかりでなくて、頭が固く