ライバル


先日の東京マラソンで日本人トップだった藤原選手が、14位に終わった川内選手をライバルに据えて、「競い合って共に良い記録を出したい…」とインタビューで答えていました。
美しい話です…、マラソンという一スポーツの枠に納まっていれば…

多くの方は、実生活で、職場、業界、学校、地域などで競い合う相手、そこまでいかなくてもちょっと気になる相手がいることと思います。
お互いに意識しあう場合もあるでしょうし、自分の胸の内でメラメラと対抗心を燃やすだけの場合もあるでしょう。
その競争相手と、共に高め合う関係ならいいのですが、現実はそうではないことのほうが多いようです。

だれかと何かを競い合って勝ったとします。
そうすると次のだれかを見つけて、また勝負を挑む。
もし負けたとしても、その時は少し組みし易い相手を見つけては、また対抗心を燃やす。
それにも決着が着いたらまた別のだれかを探す…。
そこにあるのは、「優越感の充足」という、生産性の無い自己満足だけです。

あるいは同じ相手に対して、お互いに相手の上を行こう行こうとして、際限がなくなる場合もあります。
こういう関係の時は、競争が熾烈になってくると、相手の足を引っ張るようなことや、相手を出し抜いたりすることも平気でするものです。

アメリカ大統領予備選挙でのネガティブキャンペーンは見るに耐えませんね。
まさに自己愛丸出しで、人間の醜い姿を突きつけられます。
金融証券市場という所も、周りを出し抜いて儲けようとする輩が多く集まる場です。
誰かの損という犠牲の上に、その儲けが成り立っているのですが、そのことには皆さん無頓着ですね。
大統領予備選も市場も、与え合う「愛」の世界とは程遠いところのもののようです。

我が家でも様々な営業マンとのお付き合いがありますが、他社の悪口を言った時点でその営業マンやその会社からは物を購入しないことにしています。
幸い最近はそういう営業マンに巡り合う機会も少なくなってきてはいますが…。

もちろん競争そのものを否定しているのではありません。
競争をしている時の精神状態、意識の在りかが問題だと捉えています。
この三次元世界だけが全てと考え、三次元世界での優劣だけを競っていては霊的な成長は望めません。
自己愛や世間愛を充足させるための競争は、地獄的なものの奴隷になっている状態なのです。
そんな精神状態では、際限の無い不安や苦しみの中で、阿鼻叫喚の人生を送らざるを得なくなるのです。

戦うなら自分自身と戦いましょう。
霊的な浄化という太い柱を、自分の価値観の真ん中に据え、ひたすら浄化を目指す。
すると不思議と周りのことが気にならなくなり、すがすがしい気分で生活することができるようになります。

自分自身との戦いも厳しいものではあるのですが、それ以上に人生の充実感を味わうことができるという果実も大きいのです。

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